IE9ピン留め
 
  
  主権者は、日本のこの危機を切り拓けるか?  
               

       
あの遠いざわめきを/だれが聴きわけられようか/ ひとつの世界が生まれ出るのか/ それとも/ いま未来が死んでゆくのか…     ルイ・アラゴン
          (「七月の夜」 詩集『フランスの起床ラッパ』から)


 「自分の国をつくれるぞ」ということを心に置いておかないと、またしても、『兵隊よこせ! 女工をよこせ! 女郎をよこせ! 出稼ぎよこせ! ……』と言われ続ける東北になってしまう…   井上ひさし
           (2007年、赤坂憲雄編『東北ルネサンス』から)



 三・一一東北大災害から早や六ヵ月。国や東電、主だった与野党政治家たちの右往左往。危機を作り出した自らの責任さえ忘れたかのような毒づきと、白々しいドタバタ騒ぎばかり盛んだが、肝心の救援も復興も、何ほども進んではいない。
 それどころか、福島原発の最悪事態(メルトダウン=炉心溶融。レベル7!)は、いまだ収息の見通しさえ見えず、なお進行中だ。深刻な放射能汚染はさらに拡がるばかり。夏休みだというのに、子どもたちは野山や海で遊ぶこともできない。魚や肉牛、野菜や果実、お茶など食品の安全も脅かされている。各地の避難所へ収容された原発難民たちは、自分の家や畑、仕事、店や工場、学校、自治体、故郷そのものまでを根こそぎ奪われ、いつになったら帰れるのか帰れないのか、もとの生活は取り戻せるのか、それら損害の補償は誰がいつしてくれるのか、してくれないのか…。何一つ確かな保証も見通しもないまま日夜、東北の人びとは不安と絶望にさいなまれつつ、それでも懸命に生きている。
 未来社刊の自著「明日なき原発」(「原発のある風景」増補)刊行いらい、読者の共感のメールや反響、勉強会への講演依頼、学校(大・髙・中・小)の授業依頼などが相次ぎ、各地を車で駈け回っている。全国どこへ行っても、日本の主権者の多くが、この事態に日本の「ただ事でない危機」の本質を肌で感じ取り、「なんとかしなければ!」「自分に何ができるか?」と悶えている。
 戦後六十数年、知らぬ間に地震の巣窟列島に五十四基もの原発が林立し、さらに十四基も増設されようとしている! どうして日本はこんな事態になってしまったのか? この世紀の亡国的「国策」は終始、政府・東電の国民への「騙し」で推進されてきた。まさに歴史的犯罪である。
 世界で初めてヒロシマ・ナガサキ、さらにビキニ環礁(第五福竜丸)…と相次ぎ原爆・水爆の被爆被害を体験してきた日本が今、汚染・被曝列島になりつつある! 日本の子どもたち全体が、いや、ぼくら自身が新たなヒバクシャになりつつある! さらに被災国であるはずのわが日本が、今や地球規模の環境汚染の加害国になりつつある!

 七月、いても立ってもおれず、ぼくは福島市へ車を馳せた。そこで二つの講演を終え、ついで「避難所」のある会津若松、大玉村を五日間、取材と講演で歴訪した。
 「あれが安達太良山(あだたらやま)/あの光るのが阿武隈川(あぶくまがわ)…」――大玉村は身体がすくむほど美しい村だった。かつて「智恵子抄」で高村光太郎が謳ったそれ以上に美しく息づく、そこは貧しいながらも健全な、豊かな農村風景、神秘的な日本の故郷だった。(ここも『夕鶴』のふるさとだ…。おつうさんや与ひょうどんが、畑々にいっぱい働いとるわ)――そう思った。
 だが、そこで出合った素朴で誠実な村人たちや避難民たちの惨状・窮状・苦悩は、テレビや新聞報道で見るようなナマやさしい状況ではなかった。福島原発から百キロも離れた村にも「基準値」を超える放射性セシウムが降り注いでいた。畑々や牧場、河や大地、山々にも放射能汚染がすすんでいた。そのもとで生きる村人たちは悪戦苦闘していた。(…ああ、今も東北の状況はどこまでも沖縄とそっくりだ!)――村人たちと話し込むほどに、そうぼくは痛感した。
 日米の国家と権力による徹底した「地方」差別。「国策」という名で、札束(電源三法交付金)で頬をひっぱ叩きながら、気ままに「地方」の民と暮らしの大地を踏み荒らし、利用し使い捨て、ついには切り捨ててきた「国家と権力」という化けものの乱暴狼藉の爪痕。
 世界でも有数の地震・活断層の巣窟列島に五四基もの「危険極まる明日のない欠陥商品」を押しつけ林立させてきた、愚劣で凶悪な国家と権力者たち。
 思えばそれは、広島・長崎への原爆投下で終わった敗戦いらいの米国政府による「対日戦後支配政策」の一端でもあった。「他国を従属させるにはエネルギーと食料と教育(報道)を支配せよ!」。それはつねに帝国主義覇権の常道、経済・政治支配の基本政策である。これに米軍基地、傀儡軍隊(自衛隊)増強が加われば、支配の構図・システムは完璧だ。
 「大災害」は、時代の断面を瞬時に浮き上がらせるという。今、現代日本の断面と素顔が、その悲惨な傷口までがありありと見えてくる。対米従属の露払い、推進役を演じてきた代表格が岸信介(戦前戦中の元内相・A級戦犯)、正力松太郎(元警察官僚・読売新聞社主)、中曽根康弘(元海軍主計士官・元首相)、小泉、安倍…歴代の閣僚たちと財界の首脳たち。いずれも日本をしゃにむに原発列島に仕立て上げてきた立役者たちである。戦後六十五年、日本の歴代政権が貫いてきた「日米同盟」、対米従属政治の当然に行き着く結果が、この大災害だった。(逆に言えば、歴代の売国奴たちの正体と狙いを見抜けず、騙されて信任してきた日本の主権者たちの意識の弱さ、責任でもあったのだが。)
 さらに今、「大災害」はぼくらに警告し、声高に教訓している。それは一九二三年の関東大震災だ。国家や権力は、あの災害を逆手にとって一挙にファシズム支配に持ち込むことに成功した。明治の富国強兵、大陸侵略の風潮に対し、急速に盛り上がっていた日本の民主主義の勃興、自由民権の興り、人間復興の曙光……大正デモクラシーの夜明けの時代でもあった。
 それに慌てた権力は、大災害でパニックに陥った民衆に「朝鮮人、社会主義者が暴動、放火を重ねている…」などのデマを意図的に流し、各地で自警団による朝鮮人虐殺事件(犠牲者六千人以上)を引き起こした。そんな社会的混乱に乗じて軍隊と官憲は、「亀戸事件」、「甘粕事件」をはじめ「小林多喜二虐殺」など、あいつぐ民主勢力への大弾圧、おぞましい虐殺犯行を重ねた。ついで治安維持法、特高警察、さらに世界恐慌が波及した「昭和恐慌」、満州事変、日中戦争、国家総動員法、国民徴用令、大政翼賛会、真珠湾攻撃・対米英宣戦布告…。あとは日本壊滅の道、亡国への「神国」(大日本帝国)のまっしぐら…、まるでマンガのような進撃であった。(関東大震災前後の歴史については、ぜひとも、あなたの手許の「年表」を開いてみてほしい。各行ごとに歴史が叫んでいる。)
 いま、マスメディアの報道の裏で、同じ動きが進行していることに、ぼくは愕然とする。またしても危険なファシズムが放射能汚染とともに忍び寄っている! 
 しかし、からくも当時との「決定的な違い」が救いだ。それは「現日本国憲法の存在」である。国の基本が「主権在君」ではなく、「主権在民」であること。これが危機、絶望から這いあがる土台・足場であり、希望・展望の根拠だと思う。
 ぼくら一人ひとりが、この憲法の指し示す理念を実現させる主権者たり得るか? 真に主権者として行動できるかどうか? それが問われているのだと思う。

 福島から東京の自宅に帰ると、一通の封書が届いていた。
 「先日は、大変貴重なお話、ありがとうございました。私は大玉村で米作りと酪農を営んでいる主婦です。今回の原発事故では毎日、牛乳を棄て続けました。牛のエサの牧草も棄てることになってしまいました。酪農家にとって牛にエサを与えられないということは命取りになることです。
 今までも農業は衰退するばかりで、後継者はいない、米の値段は低下するばかりで、もう私たちの代で終わるしかないとあきらめてはいました。しかし今回の事故で、もう起き上がることができない状態です。子どもや孫たちのことも心配で不安でたまりません。
 毎年家の畑でとれた無農薬の野菜も食べられない始末です。今まで六十年も生きてきて、本当につらい年になってしまいました。人は、明日は今日よりも少しでも良くなることを願って生きています。なぜ、こんなひどい世の中になってしまったのでしょうか? 私が子どもの頃は、農家は貧しくて、暮らしは大変でした。十人家族などは珍しくない賑やかな暮らしでした。いつの間にか農家も、子どもたちはそれぞれ家を出て、老人だけの世帯になってしまいました。若い頃から豊かさを求めて一生懸命働きました。何が悪かったのでしょうか。考えても考えてもわかりません。もう何もかもあきらめたほうが楽だ、なんて考えていましたが、先生のお話を聞くことができ、まだ私にもできることがあるような気がしてきました。原発は廃炉にすること。憲法改正には反対すること。そしてこれからの農業に少しでも陽が当たるようにすること。小さな力でも皆で声をあげていけば何か良いことがあるような気がしています。
 百姓しかできない私ですが、言いたいことも上手に表すこともできませんが、手紙を書いてみました。そのうち、きっと良いことがありますよね。先生もお体に気をつけてご活躍ください。         福島県安達郡大玉村大山  O・T子」
 ぼくは、込み上げる熱いものに堪えながら手紙を読んだ。(おお、大丈夫だ! 福島は東北は、日本は復興できるだろう。こんな小さな村にさえ「吉里吉里国」がしっかりと生きている! 自分の足で立ち、自分の頭で考え行動する主権者が、ここにも確かに育ち、懸命に生きている!) そう確信した。そして訳もなく、往年の高村光太郎の詩が胸に込み上がってきた。

  報告(智恵子に)
 日本はすっかり変りました。/あなたの身震いする程いやがってゐた/あの傍若無人のがさつな階級が/とにかく存在しないことになりました。/すっかり変ったといっても、/それは他力による変革で/(日本の再教育と人はいひます)/内からの爆発であなたのやうに、/あんないきいきした新しい世界を/命にかけてしんから望んだ/さういふ自力で得たのでないことが/あなたの前では恥かしい/あなたこそまことの自由を求めました。/求められない鉄の囲ひの中にゐて/あなたがあんなに求めたものは、/結局あなたを此世の意識の外に逐ひ、/あなたのあたまをこはしました。/あなたの苦しみを今こそ思ふ。/日本の形は変りましたが/あの苦しみを持たないわれわれの変革を/あなたに報告するのはつらいことです/              昭和二十二年六月  光太郎。
 

          (敗戦から六十五年目の「原爆被爆記念の日」に記す)
# by k9mp | 2011-08-19 12:04
 
             「主権者は どこにいるのか 国の春」
               「道はただ一つ この道を行く 春」
                         京都府知事 蜷川 虎三 (当時)



世紀の災害で鮮明に浮かび上がった日本社会の断面と危機的な姿。そして今また一挙に日本全体が「有事」(戦時)「非常時」体制に引き込まれてゆきそうな不安――。連日の報道に目立ち始めた「がんばれ日本!」的なコール、キャンペーン…。さらには「非常時」を言い立て利用し、その機に「憲法改定へ進もう」(「読売」五月四日社説)とする動きにも、やたらキナ臭い気配を感じるのは、ぼくだけだろうか。
 ひょっとすると、ぼくらは今、もはや制御できないかもしれない大暴力が動き始めている社会に生きているのかもしれない。
 何もかも失った被災者たちの救済も災害の復旧も、何ほども進んではいない。原発事故にいたっては、今もなお安堵(あんど)できない深刻な危機が進行中だ。すでに福島原発の原子炉は、「廃炉」どころか、「石棺」ならぬ「水棺」(水葬)処置までがとられている。冗談でなく、一刻も目を離せない危険な状況である。
 無力感や閉塞感、不安のなかで醸(かも)し出されるのは「大きい力」への誘惑・待望感である。「だれでもいい。だれか偉い人が何とかして!」という統率力、統合力を求める大衆心理がはたらく。「ガンバロー日本!」のくり返しや「トモダチ作戦」、「非常時だから救国大連合で(大政翼賛)」などの動きに救いを求めていると、あれよあれよという間に社会はとんでもない方向へ押し流されてしまうだろう。ファシズムは、主権者の不安と迷妄を土壌に襲ってくる。彼らはそのチャンスを窺(うかが)っている。
ぼくらは、戦後社会は、敗戦から六十五年、何も学んでこなかったのだろうか? 否! 戦後日本社会が肝に据えた大黒柱、最大の道標は日本国憲法だと確信する。「主権在民」。「軍隊と交戦権の放棄」。――憲法の理念と原則を貫くことこそ、この国の国民が危機から這い上がるからくもの足場・土台であり、復興・再生への視座なのだと思う。
 日本国憲法は、国家のありようを明確に厳重に規定している。つまり日本の国家が存在するのは、基本的人権を保障するためである。この危機的な災害を前に、いま国家が何をなさねばならないのか? それを考え直す重要な時だと思う。
 いま国家が何をなすべきか? その答えは憲法全体の隅々に明かされている。
 たとえば第三章「国民の権利および義務」、とくに第十三条「個人の尊重」(「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」)をはじめ、各条の中にある。
 復興・再生のその方向は、あくまでも「だれのために、何のために」、つまり故郷と自然の復興であり、そこに生きる住民・主権者のための、豊かな「みちのく」への変革でなければならない。それには「屈辱的な対米従属」、そして「核・原発依存の国策」を今こそ、きっぱりとやめねばならない。
二〇一一年五月三日 憲法記念日に記す

              (ジャーナリスト、「憲法9条・メッセージ・プロジェクト」編集統括)
# by k9mp | 2011-07-28 01:25
        

「一九七九年一〇月二日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はアメリカ訪問中に、『原子爆弾の      とめどない増加により生じる危険性は、さし迫ったものである』ことを、かつていかなる指      導者もなさなかったほど、明確に指摘した。法王のこの発言は、《近い将来の究極の危険が      核兵器競争の中にあるという現実認識こそが、希望につながる》とする、私なりの根拠を裏      付けるものである。」
          (「岐路に立つ原子炉」 デイヴィッド・E・リリエンソール、西堀栄三郎監訳・                         古川和男訳。日本生産性本部刊・一九八一年)


 それにしても気がかりな動きが目立つ。米軍と共に、のべ十万人体制で災害派遣したと自負する自衛隊の動きだ。実員の半数を動員して災害支援から原発事故対処まで、米軍と共同の「史上最大の作戦」で挑んだ、のだそうだ。まさに有事! 「非常時」態勢!
 報道によれば、米原子力空母ロナルド・レーガンは、国防総省からの命令で、わざわざ普天間から空輸された海兵隊員まで乗せて災害派遣。「日米同盟の証(あか)し」とされる米軍の「トモダチ作戦」の始まりだった。
 この間のいきさつを「毎日新聞」四月二二日付、「検証・大震災」が伝えている。
「震災救援を目的にのべ約一万六千人を投入した米軍。かつてない規模の展開は自衛隊・米軍の統合運用と民間空港・港湾の米軍使用へと踏み込んだ。実態は〈有事対応シミュレーション〉といえた…」。「…外務省幹部は『オペレーションの性質は違うが、民間施設利用や上陸など、実体的には朝鮮半島有事を想定した訓練ともなった』と指摘する」。「『トモダチ作戦』で米国は存在感を示し、自衛隊との関係強化にもつながった。」
 メディアもTVも「米軍と自衛隊の総力あげた災害救助」「放射線下、決死の給水活動」…などと報じた。視聴者の多くが「頭が下がるなぁ。備えあれば憂いなし。こんなときにはやっぱり米軍も海兵隊・自衛隊も必要だなぁ」と感じたことだろう。(だが、実態は災害にかこつけた、恰好の実戦訓練であった。)
 日本国民の気分を読んだかのように、米国防総省は米大使館に菅直人首相を呼び出し、沖縄県民の抵抗で遅れている普天間海兵隊基地の移設、辺野古ヘリポート設置を急(せ)かせた。
 日本中が災害対策で騒然としているのと併行し、チュニジア、エジプトをはじめアラブの国々で民主化を求める草の根の市民の抵抗が盛り上がり、さらに広がりを見せていた。慌てたアメリカ政府は俄(にわか)に、「反民主主義の悪辣なカダフィ政権を打倒する」との名目で、リビアへの米仏英軍機による空爆を繰り返している。(そこでもまた、どれだけの無辜(むこ)の市民が殺されたことか!「悪辣(あくらつ)なカダフィ政権」とは、じつはアメリカが大量のカネも武器も授けて、傀儡(かいらい)政権として育ててきた奴隷政権・ロボット政権だったではないか! それをもアメリカ政府は今、アラブ諸国市民デモの蜂起に恐れをなし、《民衆の敵》として切り捨て、抹殺しようとしている。)
 驚いたことに五月二日には、「オバマ大統領の命令で米CIAの特殊部隊が、パキスタンに潜んでいた国際テロ組織『アルカイダ』の指導者ウサマ・ビンラディン容疑者(9・11事件の主犯容疑)の所在をつき止め急襲。無防備・無抵抗だったが即射殺、死体を確保。水葬にして海へ沈めた…」というTV情報が映った。
「ああ、またも…やっぱり…。イラクでフセインを抹殺(まつさつ)したのと同じ、狡猾で残忍なやり方で証拠隠滅、証人抹殺か!」。それは「対テロ戦争」を合法化するための工作であり、世界に拡がる反米感情・反米不信に狼狽(うろた)えるオバマ大統領の、あまりにも乱暴かつ卑劣なパフォーマンス。国連憲章をも国際法をも真っ向から踏みにじる殺人行為。それこそまさに「国際的テロ・犯罪行為そのもの」としか、ぼくの目には映らない。
 こんなとんでもないことが公然と、当然のように大手を振ってまかり通る恐ろしい時代に、ぼくらは生きている。「世界制覇」、「グローバリゼーション」、「新自由主義経済」を掲げて、第二次大戦後、勝手気ままに世界じゅうを踏み荒らしてきた「アメリカ帝国主義という帝王システム」の終末期。そのおぞましい姿、汚らしい素顔を、原発災害の惨状と重ねて、またしても見せつけられた! と思った。(つづく)
# by k9mp | 2011-07-21 18:57
  「核兵器」と「原発」・「米軍基地」は同義語

           石をもて 追はるるごとく ふるさとを 出(いで)しかなしみ 消ゆることなし
            ふるさとの 訛(なまり)なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きに行く
                              石川 啄木 歌集「一握の砂」から

         「♪ 帰りたい帰れない…/春になの花 夏には祭り/秋の三日月 木枯らしの冬に/              帰りたい帰れない/帰りたい帰れない」
        唄・詞・曲 加藤 登紀子

         「♪ 帰ろかなぁ~ 帰るの よそうかなぁ…」 
                        唄・北島 三郎 詞・永 六輔 曲・中村 八大
 そびえる原発建屋。そこから蜘蛛の糸のように伸びる高圧電線を指先でつまみ、大空にすっくと立つ足長の巨人ガリバー。高圧電流の送電線鉄塔が、はるか山並の尾根を越え、彼方の大都市へ消えてゆく。
 日本のどの原発も判で押したように、主権者意識形成が弱く、主権者の自覚と抵抗が弱かった(あるいは弱くさせられた)「地方」の海辺に建っている。そこで地域住民をたぶらかし踏みつけながら、なおも住民たちの生き血を吸い上げている。どこまでも踏みつけられ、差別されてきた地方の町まち。
「白河以北一山三文…」――ふと、「日本書紀」の記述が頭をよぎる。白河とは今の福島県南部、「東北地方」への玄関口だ。かつて平安京の防衛大臣(征夷大将軍)・坂上(さかのうえの)田村(たむら)麻呂(まろ)が帝(みかど)の命を受け、大軍を率(ひき)いて何十回も侵攻を試みたが、結束した地域住民たちにはじき返された。強固な国境線だった。そこから北は異境・秘境の東北(平安京からは艮(うしとら)の方角、つまり鬼門である)、さらに街道は、みちのく(道の奥)、奥の細道、陸奥(みちのく)、蝦夷(えぞ)へとつづく。
 時代が江戸、明治、大正、昭和、平成と移っても、東北地方は国や権力によって、つねに差別され続けてきた。昭和の大飢饉でも、村役場に「娘の身売り相談はこちら」の張り紙が出されたほどの、貧しく過酷な地方であった。同時に、そこに生きる人びとの心は誠実で優しく、素朴な温かさに満ちあふれていた。
 その東北の人びとが、今また地震と津波さらに原発災害によって、故郷の大地や命まで奪われ、踏みつぶされようとしている。冷え込む避難所で呆然と身を寄せ合う住民を見て、海外のメディア特派員は「がまん強く、沈着冷静な日本人」「おとなしく、秩序を守る日本人の美徳」「さすが日本人」「がんばれ日本」などと書いた。たしかに東北の民衆はがまん強く、おとなしい。あまりにも永く、忍従を強いられ踏みつけられてきたからだ。
 しかし、それが日本人の美徳なのだろうか? 苛立って、ぼくは立ち上がり叫んでいた。「怒れ、シシュフォス!」「鬼(おん)太鼓(でこ)うち鳴らし、ともに怒ろう!」 
 そしてまた、「優しさと我慢強さと、秘めた怒りにおいて、東北人とアイヌびと、かつての沖縄人がよく似ている!」と痛感する。さらに「世界の各国で、今も隠蔽され虐げられている先住民族たちとも同一だ」と気がつく。そして、「多くの発展途上国の民衆もまた」とも。
(思えば、「核兵器と原発と米軍基地」は同義であり、あらゆる意味で戦後日本に君臨し、永く民衆を支配し食いものにしてきた「帝王」だったことに気づく。)
 改めて日本列島地図で原発立地点を見ると、例外なく素朴な過疎地「地方」に集中している。それは活断層など「地質・地形評価」や事故の際の地政学的評価だけでなく、政府・電力会社がもっとも重視してきた「人文評価」の結果であることがわかる。
 言いかえれば、地元住民の抵抗が、電力企業にとってとるにたりない地域、《主権者としての意識形成が弱い地域》に立地されてきたことがわかる。逆に《住民の抵抗、主権者のたたかいがしっかりとある地域》では、計画着手の地であっても立地は断念、または中断されている(例えば、関西電力=京都府宮津市栗田、同久美浜町蒲入、山口県、和歌山県など)。
 つまり住民の抵抗、主権者の意思表示の力は一見、無力に見えるが、けっしてそうではないという実証である。
 
   「トモダチ作戦」―― 「朝鮮有事」への日米共同軍事訓練
        「一九七九年一〇月二日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はアメリカ訪問中に、『原子爆弾の          とめどない増加により生じる危険性は、さし迫ったものである』ことを、かつていかなる指          導者もなさなかったほど、明確に指摘した。法王のこの発言は、《近い将来の究極の危険が、          核兵器競争の中にあるという現実認識こそが、希望につながる》とする、私なりの根拠を裏          付けるものである。」
                    (「岐路に立つ原子炉」 デイヴィッド・E・リリエンソール、西堀栄三郎監訳・                         古川和男訳。日本生産性本部刊・一九八一年)

 それにしても気がかりな動きが目立つ。米軍と共に、のべ十万人体制で災害派遣したと自負する自衛隊の動きだ。実員の半数を動員して災害支援から原発事故対処まで、米軍と共同の「史上最大の作戦」で挑んだ、のだそうだ。まさに有事! 「非常時」態勢!
 報道によれば、米原子力空母ロナルド・レーガンは、国防総省からの命令で、わざわざ普天間から空輸された海兵隊員まで乗せて災害派遣。「日米同盟の証(あか)し」とされる米軍の「トモダチ作戦」の始まりだった。
 この間のいきさつを「毎日新聞」四月二二日付、「検証・大震災」が伝えている。
「震災救援を目的にのべ約一万六千人を投入した米軍。かつてない規模の展開は自衛隊・米軍の統合運用と民間空港・港湾の米軍使用へと踏み込んだ。実態は〈有事対応シミュレーション〉といえた…」。「…外務省幹部は『オペレーションの性質は違うが、民間施設利用や上陸など、実体的には朝鮮半島有事を想定した訓練ともなった』と指摘する」。「『トモダチ作戦』で米国は存在感を示し、自衛隊との関係強化にもつながった。」
 メディアもTVも「米軍と自衛隊の総力あげた災害救助」「放射線下、決死の給水活動」…などと報じた。視聴者の多くが「頭が下がるなぁ。備えあれば憂いなし。こんなときにはやっぱり米軍も海兵隊・自衛隊も必要だなぁ」と感じたことだろう。(だが、実態は災害にかこつけた、恰好の実戦訓練であった。)
 日本国民の気分を読んだかのように、米国防総省は米大使館に菅直人首相を呼び出し、沖縄県民の抵抗で遅れている普天間海兵隊基地の移設、辺野古ヘリポート設置を急(せ)かせた。
 日本中が災害対策で騒然としているのと併行し、チュニジア、エジプトをはじめアラブの国々で民主化を求める草の根の市民の抵抗が盛り上がり、さらに広がりを見せていた。慌てたアメリカ政府は俄(にわか)に、「反民主主義の悪辣なカダフィ政権を打倒する」との名目で、リビアへの米仏英軍機による空爆を繰り返している。(そこでもまた、どれだけの無辜(むこ)の市民が殺されたことか!「悪辣(あくらつ)なカダフィ政権」とは、じつはアメリカが大量のカネも武器も授けて、傀儡(かいらい)政権として育ててきた奴隷政権・ロボット政権だったではないか! それをもアメリカ政府は今、アラブ諸国市民デモの蜂起に恐れをなし、《民衆の敵》として切り捨て、抹殺しようとしている。)
 驚いたことに五月二日には、「オバマ大統領の命令で米CIAの特殊部隊が、パキスタンに潜んでいた国際テロ組織『アルカイダ』の指導者ウサマ・ビンラディン容疑者(9・11事件の主犯容疑)の所在をつき止め急襲。無防備・無抵抗だったが即射殺、死体を確保。水葬にして海へ沈めた…」というTV情報が映った。
「ああ、またも…やっぱり…。イラクでフセインを抹殺(まつさつ)したのと同じ、狡猾で残忍なやり方で証拠隠滅、証人抹殺か!」。それは「対テロ戦争」を合法化するための工作であり、世界に拡がる反米感情・反米不信に狼狽(うろた)えるオバマ大統領の、あまりにも乱暴かつ卑劣なパフォーマンス。国連憲章をも国際法をも真っ向から踏みにじる殺人行為。それこそまさに「国際的テロ・犯罪行為そのもの」としか、ぼくの目には映らない。
 こんなとんでもないことが公然と、当然のように大手を振ってまかり通る恐ろしい時代に、ぼくらは生きている。「世界制覇」、「グローバリゼーション」、「新自由主義経済」を掲げて、第二次大戦後、勝手気ままに世界じゅうを踏み荒らしてきた「アメリカ帝国主義という帝王システム」の終末期。そのおぞましい姿、汚らしい素顔を、原発災害の惨状と重ねて、またしても見せつけられた! と思った。
                                          (つづく)
# by k9mp | 2011-07-21 00:20
 
「…ま、日本国の皆の衆(す)が、こげに第9条ば酷(むご)く扱(あづか)うなら、
まんず 俺たちがそっくり引き取ってよ、軍備の〈ぐ〉の字(づ)も無(な)すで国ば作(つ               ぐ)ってみしぇる。 軍備ぬぎで小(ちやつこ)ながらも一個の国家ば持づこだえてみしぇ               る! 皆の衆(す)、これが今回の『吉里吉里国』独立の根本原則では無(ね)がっだべ              か? これば曲(ま)げではなんねぇど!」    井上ひさし 小説「吉里吉里国」から
 (今回の津波に襲われた三陸沿岸・田老町、山田町が小説の舞台である)


 災害復旧の目途(めど)もたたぬ混乱のさなか、全国各地で一斉地方選・後半戦が終わった。どこも共通して目を引くのは投票率が極端に低いこと。そして与党民主党の後退だった。
 もう一つ、四つの道県の知事選で、いずれも原発容認の知事が圧勝したことも驚きである。
(北海道・福井・島根・佐賀の四道県)
 全国でも最多の十五基を立地する福井県の西川一誠知事は、相手に四・五倍の差をつけて圧勝した。
「福島のような事故は、福井では起こさせない」というのが、彼の県民への訴えだった。
 そう言えば、「東北の災害は天罰だ。欲得で贅沢をむさぼってきた人間への当然の報いだ」「原発は東京湾に建てても良いのだ」などと公言した呆れ果てたどこかの首都の知事も、地方選前半戦で大勝したっけ。
 だが、しばし立ち止まって考える。原発が人里離れた過疎地にばかり立っているのは何故だ? それは事故がつねに「想定外」だからだろう。
 福島では事故直後から半径二〇~三〇㌔圏内に避難指示が出された。(アメリカでは八〇㌔圏)もし東京湾に原発があれば、東京23区全体がすっぽり危険圏内である。つまり一千万人以上が被災し、経済も政治も麻痺してしまうだろう。
 「朝日新聞」四月二三日付「3・11 記者有論」(有馬央記記者)が、得票を伸ばした佐賀県の古川康知事にインタビューしている。
「…《原発は誘致しないところには絶対にできない。東京湾岸の自治体は『おカネがあるからいらねぇよ』だが、過疎地は地域振興の起爆剤になればと思うから手を挙げる》。確かに原発はお金になる。国から交付金が来る。地方税の財源にもなる。佐賀県は今年度予算で二〇億円の「核燃料税」を見込む。さらに九州電力は佐賀県にできる「重粒子線がん治療センター」に四〇億円を寄付する。古川知事は《安全が前提だ。危険だけど、どうでしょうかと言われたら、「ご勘弁を」と思う》と語る。だが、地元に落ちる大金は、リスクと引き換えのものではないのか。原発は「国策」として進められてきた。国は「安全」だといい続けた。この二枚看板で地域経済に根を張った原発の現状を見るとき、「ご勘弁を」とすぐには言えまい。しかし「3・11」で安全神話は崩れた。五二歳の古川氏は《原発を三十年持たせようとは思わない。代替エネルギーへの移行は、われわれ世代の責任だ》とも語る。ならば、「安全性の向上」という次元ではなく、いずれ原発をなくしていくための施策がもっと要る…」。

 そびえる原発建屋。そこから蜘蛛の糸のように伸びる高圧電線を指先でつまみ、大空にすっくと立つ足長の巨人ガリバー。高圧電流の送電線鉄塔が、はるか山並の尾根を越え、彼方の大都市へ消えてゆく。
 日本のどの原発も判で押したように、主権者意識形成が弱く、主権者の自覚と抵抗が弱かった(あるいは弱くさせられた)「地方」の海辺に建っている。そこで地域住民をたぶらかし踏みつけながら、なおも住民たちの生き血を吸い上げている。どこまでも踏みつけられ、差別されてきた地方の町まち。
「白河以北一山三文…」――ふと、「日本書紀」の記述が頭をよぎる。白河とは今の福島県南部、「東北地方」への玄関口だ。かつて平安京の防衛大臣(征夷大将軍)・坂上(さかのうえの)田村(たむら)麻呂(まろ)が大軍を率いて何十回も侵攻を試みたが、結束した地域住民たちにはじき返された強固な国境線だった。そこから先は異境の東北(平安京からは艮(うしとら)の方角、つまり鬼門である)、さらに街道は、みちのく(道の奥)、奥の細道、陸奥(みちのく)、蝦夷(えぞ)へとつづく。
 時代が江戸、明治、大正、昭和、平成と移っても、東北地方は国や権力によって、つねに差別され続けてきた。昭和の大飢饉でも、村役場に「娘の身売り相談はこちら」の張り紙が出されたほどの、貧しく過酷な地方であった。同時に、そこに生きる人びとの心は誠実で優しく、素朴な温かさに満ちあふれていた。
 いま、その東北の人びとが、今また地震と津波さらに原発災害によって、故郷の大地や命まで奪われ、踏みつぶされようとしている。冷え込む避難所で呆然と身を寄せる住民を見て、海外のメディア特派員は「がまん強く、沈着冷静な日本人」「おとなしく、秩序を守る日本人の美徳」「さすが日本人」「がんばれ日本」などと書いた。たしかに東北の民衆はがまん強く、おとなしい。あまりにも永く、忍従を強いられ踏みつけられてきたからだ。
 しかし、それが日本人の美徳なのだろうか? 苛立って、ぼくは立ち上がり叫んでいた。「怒れ、シシュフォス!」「ともに怒ろう、シシュフォスよ!」 
 そしてまた、「優しさと我慢強さと、秘めた怒りにおいて、東北人と、かつての沖縄人がよく似ている!」と感じた。(思えば、「核兵器と原発と米軍基地」は同義であり、あらゆる意味で日本の民衆に君臨し、民衆を食い物にしてきた「魔もの」だったことに気づく。)
 改めて日本列島地図で原発立地点を見ると、それは素朴な過疎地に集中している。それは活断層など「地質・地形評価」や事故の際の地政学的評価だけでなく、政府・電力会社がもっとも重視してきた「人文評価」の結果である。
 言いかえれば、地元住民の抵抗が、電力企業にとってとるにたりない地域、主権者としての意識形成が弱い地域に立地されてきたことがわかる。逆に住民の抵抗、主権者のたたかいがしっかりとある地域では、計画着手の地であっても立地は断念、または中断されている(例えば、関西電力=京都府宮津市栗田、同久美浜町蒲入、和歌山県の数ヵ所)。
 つまり住民の抵抗、主権者の意思表示の力は一見、無力に見えるが、けっしてそうではないという実証である。
(つづく)
# by k9mp | 2011-07-15 02:15
 

 
「被曝はスロー・デス(ゆっくり来る死)を招く。死は徐々に二十年も三十年もかけて、ゆっくりゆっくりやってくる。原子力産業は、クリーンでも安全でもない。」
「日本は米国に比べ、国土も狭く、人口も密集している。この広い米国でも原発の危険性が常に議論されているのに、あの狭い日本で、もし原発事故が各地に拡がったら、いったい日本人はどこへ避難するつもりか。日本人はヒロシマ、ナガサキと二度も悲惨な原爆の悲劇を経験しているではないか。」
          トーマス・F・マンクーゾ博士
               (米ピッツバーグ大学教授・七七年・当時)
  
 ぼくは新聞記者として七四年から十年余、日本各地の原発内部とその地域、そこに生きる人たちと対話し、真剣に向き合ってきた。(そのルポ記録が「原発のある風景」上下巻・未来社・八三年刊。本書はその九章のうち四つの章だけを編んだ。さらに詳しくは原著・上下巻をお読みいただきたい。)
 原発が立地された「地方」・「地域」は、繁栄する大都市と裏腹に、呆れるほどに荒廃していた。故郷の山河も森も畑も海も、産業も地方自治も教育も、暮らしや人心までもが、例外なく歪(ゆが)み、荒れすさんでいた。
 「原発立地!」が持ち込まれた瞬間から、それまで貧しいけれどつつましく、自然も心も豊かな生産労働で平穏な暮らしをしていた村々を突如、天地の価値観をも狂わせる「国策」が襲ってきたのだ。
 それは、素朴な村人たちと故郷を、いきなり札束で頬をはたくような乱暴狼藉(ろうぜき)者たちの闖入(ちんにゆう)であった。狼藉者とは、歴代の自民党政府とその権力、そして財界。彼らは貧しい地方自治の足許を見透かしたように、ひらひらと政府の「電源三法交付金」や法人税収入、核燃料税などもろもろの利権をちらつかせ、強引に踏み込んできた。「利権」あるところ、血の臭いを察知したさまざまな飢えたハイエナが群がるのは資本主義社会の世の常だ。利権をむさぼろうと集まってきたのは、いや集められた軍団は大小の企業群ばかりではなかった。ヤクザや暴力団までもが軍団の一部であった。
 当然ながら原発立地は、静かな村々に「抵抗」を生み出す。村民・町民は「原発反対派」「賛成派」に分断され、骨肉相(あい)食(は)む対立、憎悪感情を生み出した。「賛成派」には惜しみなくアメを投げ与える政府・権力と電力企業・軍産複合体は、「反対派」住民には、呵責(かしやく)のない弾圧、「村八分」攻撃を浴びせた。
 地方政界の首長や議員たちも「利権と札束」に血迷っていく。あげくが「地方自治」の歪みと荒廃である。「地方自治」とは、憲法に保障された《地方住民・主権者の暮らしの最後の砦(とりで)》だ。それさえが原発立地地域では無惨に病み、息も絶え絶えだった。
 そこには、町民が密かに「T・CIA」と呼び、怖れられている謎めいた幻の機構が存在していた。電力会社には、どこも「広域地域対策室」という名の、社長室直属の特別の部課がある。
 その部課のコンピュータには、原発立地地域のすべての住民の戸別のリストが詳細にデータ化されており、購読紙・誌、資産、家族構成、学歴、病歴、犯罪歴、所属団体、支持政党、思想傾向、性格にいたるまで克明に記録されている。そんな「社外極秘」コピーのほんの一部を、ぼくは垣間見た。毎月各戸を訪れてくる検針員や集金人の姿まで頭に浮かび、恐ろしくなった。
 言うまでもなくこの機構(「広域地域対策室」)は地域各署の警察権力とも密接に連携しており、「職警連」と呼ばれる原発関連企業との防犯対策・犯罪対応・情報集中の定期会合まで重ねられていた。
 密かに「長会」と呼ばれる会合さえ存在する。これは原発立地地域での、電力会社に手なづけられた、およそ「長」と名のつく人たちの会合だ。教育長、学校長、病院長、自治消防団長、自治会長、老人会長、婦人会長、青年団長、同窓会長、郷土防衛班長……。網の目のようなスパイ監視・管理体制。原発地域は、まさに「戦時」(有事)「非常時」体制であり、静かなファシズムが支配している。
(つづく)
# by k9mp | 2011-07-12 14:24
 

 「《安全神話》が崩壊」「遅すぎた《レベル7》発表の恐怖」「東電・政府の秘密主義」「後手後手の菅内閣の危機対策」「世界が日本に不信感」……3・11から一ヵ月半、連日の新聞やテレビが、東電や財界、政府=経産省原子力安全・保安院のいい加減さを批判し始めた。
 たしかにそうだと、ぼくも思う。いいぞ、その調子だ、それでこそ、つねづね「社会の木鐸」を誇るマスコミだ。しっかりと政府と東電を監視し、そのウソと責任を徹底的に追及すべし! それでこそジャーナリズムだ、今こそ鋭い批判感覚を生かし、とことんまで、問題の真髄に迫れ! と、素直に声援を送る。
 と同時に、「ん?」と思うのだ。いま、東電・菅内閣の態度を激しく批判している同じメディアが、ついこの間までは、画面や紙面で「原発は絶対安全で安上がり」「アメリカでもすでに、それは立証済みだ」と「原発礼賛(らいさん)・推進」のキャンペーンをしていたではないか。その同じメディアがここへきて、手のひらを返したように、「東電批判・政権批判・原発批判」に転じている! (それはその通りだから歓迎するのだが、それにしても)この珍現象。これって、いったい何だろう?
 メディア各社が、防災準備ゼロや欠陥原発、陰の被曝労働、ずさんな東電を、ここへ来てはじめて知ったのだろうか? メディア各社が、ようやく深刻な事態に気づき、真実を報道し始めたのだろうか? そんなはずはあるまい。マスメディア各社は、そんなことはとっくの昔に百も承知ながら、「原発推進」批判報道をできなかった背景・事情があったはずだ。
 それは原発推進が「国策」だからであり、同時に日本のメディア自体が、つねに深いところで米国政府=CIA・米大使館、軍産複合体に操られているからだ、とぼくは思う。

 改めてこの間の『朝・毎・読』各紙の「社説」をたぐってみた。ここまでエネルギー政策の破綻を報道してきたメディアとして、「社説」は当然、原発政策の転換や今後のエネルギー方針への提言がなされているはずだと思ったからである。
 ところが、まったくの期待はずれだった。原発事故の翌日の各社の「社説」――。
『読売』は見出し「原発事故の対応を誤るな」。主旨は「原発は日本の基幹的な電力源となってきた。だが爆発の衝撃は、その位置づけを足許から揺るがしかねない」「対応を誤れば国内外の原発活用が危うくなる」。『朝日』は、見出し「大震災と原発爆発」。主旨は「最悪に備えて国民を守れ」。『毎日』は、原発制御に全力尽くせ」。主旨は「万が一、事態が悪化しそうなときには、速やかに必要な手立てを講じ、住民のリスクを最小限に」。
 各紙のどこにも原発推進政策の批判も見直しも、転換提言もなかった。むしろ原発推進が当然の路線のように力説されている。ほとほとにマスメディアの罪は重い。
(つづく)

 
# by k9mp | 2011-07-10 19:12
 災害から一ヵ月半、国会論議も始まった。自民党・民主党の議員とも、ほとんどが自らの責任逃れの口汚い怒鳴り合いだ。驚いたことに、おもだった自民党・民主党の政治家たちには、日本を原発列島にしてきた自責の念など、かけらもないらしい。それでいて、どの議員も例外なしに、災害犠牲者に哀悼の意思を表し、「国策」を推進してきた責任にはひと言も触れず、「自分は、避難民や流浪の民の味方だ」とでも言うように、偉そうに政権批判を繰り返す。自民党も民主党その他も、いずれも同じ穴のムジナ、「目くそ鼻くそを嗤(わら)う」の類(たぐい)だ。
 野(や)にくだった自民党議員たちは、「素人(しろうと)の現政権では駄目だ。俺たちならもっとうまく危機管理をやるのに…」と民主党政権の後手後手を批判する。
 国会中継を見ながら手にした『毎日新聞』。四月二十日付一面。「東電幹部 自民に献金。〇七~〇九年二千万円超。役職に応じ定額」の大見出し。東電の現役幹部やOBらの自民党に対する政治献金が、三年間で二千万円も手わたされている、というのだ。献金は役員以外にも部長やOBまで年七十人以上に及ぶという。
 さらに東電の工事元請け企業「関電工」(東電が約四五%を出資。工事を請け負い取り仕切る)も年一千三百八十万円を自民党に献金している。
 一方、民主党には、東電役員からの献金はないものの、原発推進を提言する労組「電力総連」から三千万円が献金されている。
 またこの記事では、「一方、原発で想定される津波の指針をきめた〈土木学会〉で、委員の過半数が電力関係者だったことがわかった」とある。津波や地震の「想定基準」は、この〈学会〉で決められるのである。東電や政府がしきりと口にする「想定外」は、まさにその通り! カラクリ通り! ではある。
# by k9mp | 2011-06-15 22:16
     「こころ」は だれにも見えないけれど/「こころづかい」は 見える/
     「思い」は 見えないけれど/「思いやり」は だれにも 見える / 
   (「3・11」いらい連日流された民放TVの公共広告機構のコマーシャル)


全国からぞくぞくと善意の義援金、支援物資が集まっている。被災地救援のための献身的なボランティアの参加も「かつてなく多い」という。義援チャリティも盛んだ。故郷に帰れない行方のない難民を受け入れようという市民活動も興っている。
 カネある者はカネを、持てる者は物資を、心ある者は言葉で…。庶民はみんな、災害を我がこととして受け止め、心を痛め苦しんでいるのだ。
 その一方で、東京のレストランや商店では、「福島の方はご遠慮下さい」などの張り紙があったりする。子どもたちの間にも「福島の子とは遊ばない。放射能がうつる」などのイジメも。主婦の間にも「東北の野菜や魚は避けたい気分…」などの〈風評被害〉も。
# by K9MP | 2011-06-14 15:02
  


「重大な放射能もれを起こす原子炉事故が一回またはそれ以上発生する確             率は、八〇年代に四〇%。九〇年代には五〇%。原子炉の数が増えるに             つれて、事故の可能性が高まる。今世紀末までに、炉心の熔け落ちるメ             ルトダウン事故が起きる可能性がある」
                      (米スリーマイル島原発での大統領事故調査委員会                    「原子炉安全研究に関する技術スタッフ報告書」から)


 周知のように日本列島とその周辺は、どこもかしこも地震の巣窟だらけ活断層だらけである。しかも、いつ大津波が襲ってきても不思議はない海岸や岬、入り江に立地されている。
 そんな狭い島国に、あろうことか物騒な原子力発電所が。不安定で、ヤワな原子炉と巨大建造物が。いずれも技術的にも未完成な、お粗末きわまる「欠陥商品」が林立している! 
 こんなインチキ商品は、もともと決して日本に受け入れてはならなかった、建ててはならなかった。さらに忌まわしい原爆の初の犠牲国である日本政府とぼくら日本の主権者は、「核兵器のアレンジ商品である原発」に、もっと厳しい、警戒の目を向けなければならなかった。
 だが日本の現実は、その欠陥原発の増設を安易に受け入れ、いまや五四基の原発列島に! おまけに政府と財界は今も、さらなる一四基もの原発を増やそうと計画・準備しており、無責任にもヴェトナムや東南アジアにまで輸出しようとさえしている。
 電力会社も政府も財界各社も、御用学者・評論家も、「原発は安上がりでクリーン。頼りになる安全なエネルギー」と、《安全神話》をまことしやかに鳴りもの入りでPRしてきた。メディアは一貫して、そのお先棒をかついできた。
(つづく)
# by K9MP | 2011-06-08 03:00
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